瑞雲作 六地蔵菩薩微笑仏 |
この作品は今昔物語巻17の23 霊験談 「一人は香炉を持ち(地獄道)、一人は合掌し(餓鬼道)、一人は宝珠を持ち(畜生道)、一人は錫杖を持ち(修羅道)、一人は花かご(人間道)を持ち、一人は数珠(天道)を持っている。」とある6人の小僧を可愛らしく彫刻にしたものです。 疫病にかからない。衣食住に恵まれる。 悪い業が消滅し、幸福な運命を授かる 玉の輿に乗れる 何回も天上界に生まれるなど 経典にご利益が説かれています。 |
六地蔵菩薩ご利益話周防の国宮玉祖神社の神主、惟高(これたか)が地蔵菩薩に帰依した功徳によって蘇生し、六地蔵菩薩像を造った話。この段では神官でありながら仏像のご利益を説く功徳を説いています。仏師 瑞雲の仏像彫刻と法話 |
今は昔、周防の国に宮玉祖(みやたまのおや)神社の神主、惟高がいたが神官の子なのに地蔵さまを深く信仰していた。 長徳4年(998)、惟高は病を得6,7日のうちに死んだ。死後、冥土に行くが広々とした何もない野原に6人の小僧が現れた。見れば、一人は香炉を持ち、一人は合掌し、一人は宝珠を持ち、一人は錫杖を持ち、一人は花かごを持ち、一人は数珠を持っている。これらの中で香炉を持つ小僧に「私たちは六地蔵である。六道の衆生を救うため六種の形をしている。そもそもお前は、神官の子なのに長年、地蔵を信仰している。お前はすみやかに国に帰り私たちかわいい仏像 六地蔵の像を造って供養しなさい。」と告げられたと思った瞬間生き返った。 その後、惟高はお堂を造り等身大の六地蔵菩薩を造りご安置申し上げ開眼供養した。そこは六地蔵堂と言い、冥土でお会いした六地蔵の姿を写し彫ったものである。遠方から結縁に集まってくる者の数知れず、惟高ますます地蔵様を崇敬し、70才を過ぎて、臨終の時も地蔵を念じながら西に向かい座ったまま極楽往生した。これを見聞きするものは皆涙を流し感激し尊んだ。 思うに、惟高は神官の身でありながら仏像のご利益を説いて人々を引導した地蔵の功徳で極楽往生を遂げた。だから、世の人はこれを聞いて是非とも六地蔵菩薩を崇敬すべきである。 (今昔物語巻17の23) |
癒しの仏像 微笑仏像 仏像作家 瑞雲が初めてニューヨークで前衛的微笑仏像を発表したいきさつ、その後、「木喰仏」と呼ばれる穏やかな微笑仏との出会いなど記述。 |
特定商取引法に関する記述 | プライバシーポリシー | お客様の声 | お問い合わせ |