かわいい癒しの仏像
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 かわいい癒しの仏像 ご利益話

聖観音のご利益

抜粋した中から、現代人が手短に楽しめるようかわいい癒しの仏像を取り入れを取り入れ、しかも文語体の説話を現代語訳短編ご利益話に執筆しました。皆様の仏像への理解と信仰心の糧となりますよう願っております。 
   癒しの仏像 聖観音
 瑞雲作 聖観音像 癒し仏像 聖観音 
動画 聖観音像微笑仏
 日本では観音像は、この聖観音が最初に造られました。他の六観音、三十三観音などの本家であり、苦難除去 現世利益 病気平癒 智慧や才能授与 子授け 希望成就 厄除け 開運授福 霊魂や先祖の成仏 罪障消滅 極楽往生 等の幅広いご利益がるとされ、癒しの仏像として古今東西、最も親しまれています。

観音菩薩、観音様霊験記1

高句麗に渡った留学僧、行善(ぎょうぜん)が高句麗の滅亡に遭い、観音様に危難から助けられた話。
  今は昔、留学僧、行善は天皇から高句麗に遣わされた。
ところが、高句麗は他国に滅ぼされようとしている時で、行善は逃げる途中に大きな川につき当たったが川が深くて渡れないので途方に暮れ、ただ観音さまを念じていた。
 ちょうどそこへ、小舟をこいで翁が来て「早く、この船に乗りなさい」と向こうの岸まで渡してくれたが翁も船も何処かへ消えてしまった。
 そこで、行善は「観音様がお助けくださったのだ」と感謝し「私は観音像をお造り申し上げましょう」と願を立て、戦禍が収まるや唐に渡って観音像を造り奉り日夜供養していた。 すると、唐の皇帝が行善をお召し出しになり下問されたので、高句麗でのいきさつを申し上げると、皇帝は「川辺の法師」と名付けて行善に深く帰依なされた。
 行善は養老二年(718)に遣唐使と共に日本に帰り、持ち帰った観音菩薩像を崇敬しながら興福寺に住み人々から「老師行善」と呼ばれ敬われた。
(今昔物語巻16の1)
 

観音菩薩、観音様霊験記2

百済に出兵した伊予の国の越智直(おちのあたい)が捕虜となったが観音さまに助けられた話。
 
 今は昔、百済に出兵した伊予の国の越智直は唐軍の捕虜になりある島に幽閉された。仲間8人と共に、もう日本には帰れないと泣き悲しんだが、たまたま1体の観音像を見つけ「観音様、お慈悲で帰国できますよう」と祈っていた。
 幽閉場所に1本の大きな松の木があり、唐の兵にわからないように、それで船を造り観音像を船の中に祀って
海に出ると不思議にも強い西風が吹き出し船は矢を射るように一直線に九州まで吹き着けた。
 その後、朝廷でも、このことをお聞きになり召し出し、ことの次第に天皇は感激され「郡を設け観音堂建立」が許され観音菩薩像を安置し奉った。越智郡はこれより始まった。
(今昔物語巻16の2)
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仏像画像事典 瑞雲作の仏像全作品を三方向からの画像で見られます。
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